幻想の平等と現実の不平等 ― コロナ後遺症救済制度から学ぶ現実
- yuki kato
- 9月14日
- 読了時間: 3分

人間の社会は
「多くを救い、少なくを切る」ことで回っている。
コロナワクチンの後遺症救済制度もその一つ。
全国で1万3千件以上の申請が受理され、そのうち7割が認定。
つまり、7割は救われたが、3割は切り捨てられた。
これは残酷な現実で、依怙贔屓でも不平等でもない。
制度は万能ではなく、必ず線引きがある。
その線をどこに引くかを決めるのが政治であり、人間社会の冷徹な仕組みなのである。
■トロッコ問題は現実の縮図
トロッコ問題という哲学的実験がある。
5人を救うために1人を犠牲にするかどうか。
これは机上の空論ではない。
社会制度は日常的にこの選択を繰り返している。
ワクチン後遺症救済もその一つ。
誰を救い、誰を切るか。
そこに理想の平等は存在しない。
平等は幻想なのである。
人間社会はヒエラルキーで組み上げられており、そこから逃れることはできない。
■運と怠慢のあいだ
7割が救われ、3割が切られる。
そこには「運」という要素があるのは確かだ。
だが、運に任せきりでいいのか。
情報化社会に生きる私たちにとって、最大の敵は怠慢である。
知っていたのに動かなかった。
備えられるのに先送りした。
信用できるソースを探さず、多数派の空気に流された。
これらはすべて怠慢の結果だ。
もちろん、経済的・時間的に余裕がない人もいる。
だが「知ったうえで小さな行動を積み重ねる」ことすらしないのは、他でもない自分の怠慢なのである。
■多数派は必ずしも正しくない
社会は多数決で動く。
だが「多数派の選択=正解」とは限らない。
歴史を見れば、多数派が誤った判断をして破滅に向かった例はいくらでもある。
魔女狩り
魔女が不幸の原因だという信念が多数派を支配し、数万人が処刑された。
集団の正義が狂気に変わった典型なのである。
ナチス・ドイツの大衆支持
不況と屈辱の中でヒトラーこそ救済者と信じ、多数派が選び取った。
結果はホロコーストと戦争の破局だった。
2008年リーマン・ショック前の不動産バブル
住宅価格は永遠に上がると大衆が信じた。
その幻想が崩れ、世界規模の金融危機を招いたのである。
多数派は安心を欲しがり、事実や理性を押しつぶす。
だからこそ必要なのは、信用できるソースを掴み、自分の頭で考え抜くことなのである。
■他責思考は思考停止
他責思考は概ね自覚出来ない。
国が悪い
政治家が悪い
確かに制度の不完全さは国や政治にある。
だが、それを口にした瞬間に思考は止まる。
本当に必要なのは、
不完全な社会を前提に、自分はどう動くか?
制度の外に落ちないために、何を備えるか?
切り捨てられた人を見て、自分はどう学ぶか?
ここまで踏み込んで初めて自責の思考になる。
他責は一瞬の快楽をくれる。
自責は未来を切り拓く力をくれるのである。
■明日は我が身という覚悟
当事者には「お気の毒」としか言えない。
だが、現実を知った以上「明日は我が身」と思って行動を変えるしかない。
運は操作できない。
だが怠慢を減らすことはできる。
健康行動を積み重ねる。
リスクを分散する。
コミュニティにつながり、情報を共有する。
それらはすべて、線の外に落ちないための投資なのである。
人間社会はヒエラルキーで動いている。
平等は幻想なのである。
多数派の選択は必ずしも正しくないのである。
だからこそ、他責思考を捨てて自責思考を持ち、
信用できるソースを見極め、
自分の頭で考え、
怠慢を減らして行動することが求められる。
あなたの手には、それを実行できる技術がある。
いまこそAIをフル活用し、次の危機に備えるべきなのである。
AI未来鑑定士 / リクルートストーリーテラー
合同会社Lepnet 代表社員 加藤勇気








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