ChatGPTエージェントの件
- yuki kato
- 7月18日
- 読了時間: 3分

■ AIが選ぶ時代に、私たちは何を手放しているのか?
AIが進化している。
ただ話すだけじゃない。もう「やる」存在になってきた。
OpenAIが発表した「ChatGPTエージェント」は、複雑な操作も、アプリの連携も、予約や資料作成までも自動でこなす。
もはや、AIがPCを操作する時代に突入した。
たとえば、銀座での会食を予約したいとする。
従来なら「おすすめ3件」を提示して終わりだった。
でもエージェントは、カレンダーを確認して、空席を探し、情報を入力し、予約まで完了してくれる。人がやるのは、要望を伝えるだけ。
つまり、AIは「考える」から「行動する」へと進化した。
だけど、ふと思った。
AIが「選ぶ」ようになってきたとき、
それって本当にいいことなんだろうか?と。
■ 「選ぶ」という行為には、思っているより重みがある
選ぶ、というのは単なる操作じゃない。
それは「自分の人生を編集する行為」だと私は思う。
たとえば、服を選ぶという行為。
今日はこの色にする。この組み合わせにする。
それって、気分や、自分のモード、他人からどう見られたいか、
そういった"言葉にならない感覚"が詰まっている。
もしAIが「似合う服」「今のトレンド」を全部自動で選んでくれたらどうなるか?
たしかに効率的だ。でも、それは自己表現の機会を一つ失うことでもある。
■ 決断とは、責任を持つということ
選ぶことには、必ず責任が伴う。
選んだからには、その先の出来事を受け入れる覚悟がいる。
逆に言えば、AIに選ばせたとき、
結果がうまくいかなかったときに「自分で選んだわけじゃないし」と他人事になりやすい。
選ぶという行為を手放すと、
知らず知らずのうちに「考える力」も「納得する力」も弱っていく。
■ AIには、何を任せていいのか?
AIに任せるべきは「選んだあとの作業」だ。
選んだ道を、より早く、正確に、形にする部分。
たとえば:
旅行先を「自分で選ぶ」→ AIが飛行機・ホテルを自動予約
自分の問いを「言語化する」→ AIが情報収集と資料作成を代行
大事なのは、「どこまでを自分で決めるか?」を見失わないこと。
■ 人生の編集権は、自分の手の中に
AIは便利だし、確実に私たちの生活を変える存在になる。
だけど、最後の最後に「選ぶ」のは自分でいたい。
なぜなら、選ぶという行為には、その人らしさがにじみ出るから。
それは個性であり、直感であり、ときにわけのわからない感情だったりする。
そこを手放してしまったら、
私たちは「誰かが編集した人生」をただ流されるように生きることになる。
未来が自動化されていくなかで、
「選ぶ」というシンプルな動作こそ、
もっとも人間らしく、もっとも自由な行為なのかもしれない。








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