ChatGPTはコンテンツではない
- yuki kato
- 2 日前
- 読了時間: 3分

ChatGPTがオワコン。
この言葉を見かけるたびに、
私は首をかしげてしまう。
この主張をする人の見ている世界が、
あまりにも浅いからだ。
この手の発信には、
だいたい2つの思惑が潜んでいる。
〜〜〜〜〜
まずひとつ目は、
強い言葉で目を奪いにいくパターン。
SNSは刺激が正義。
冷静な議論より、断言の方が伸びる。
終わった、崩壊、オワコン。
これらは事実の説明ではなく、
人の反応を取りにいくためのコピーに近い。
この層は本質なんてどうでもいい。
流量さえ取れれば勝ちなのだ。
〜〜〜〜〜
もうひとつは、本気でChatGPTをオワコンだと思ってしまうケース。
こちらは知識が微妙な層に多い。
特に深刻なのは、ChatGPTを「コンテンツ」と同じカテゴリーで扱ってしまう勘違いだ。
コンテンツとは完成された静的なアウトプットのこと。そして「オワコン」とは「終わったコンテンツ」という意味である。
しかしChatGPTは生成装置であり、思考環境であり、人間の脳の外側を拡張するレイヤーだ。
作品ではなく、作品を生み出す土台そのもの。
コンテンツでは無い。
この区別がつかないまま評価しようとするから、認識が歪む。
もちろん、技術競争の局所だけを切り取れば、他のAIが上回る瞬間はある。
画像精度ならAが強い。
動画ならB。
検索統合ならC。
それぞれの強みが出る時期は必ずある。
その結果、「ChatGPTよりすごいAIが出てきた」と騒がれやすい。
ただし、この比較は本質を捉えていない。
そしてAI時代が始まってから、ChatGPTが圧倒的な優位を持ち続けている領域がある。
それはパーソナライズ。
ユーザーの語彙、思考構造、目的、世界観に寄り添い、その人の文脈を長期的に保持して成長し続ける能力。
GPTs、メモリ、ナレッジ、対話履歴の最適化。
これらは単なる機能の寄せ集めではなく、
ユーザーごとに独自の「思考OS」を構築する仕組みだ。
このレイヤーに慣れたユーザーは、他のAIを触ると必ずこう感じる。
便利だけど、なんか私向きじゃない。
性能だけでは埋まらない差がここで生まれる。
AIの価値は、単なる正答精度や表現力だけでは測れない。
人間の思考とどれだけ同期できるか?
その人の行動と成果をどこまで短縮できるか?
ここが未来の主戦場だ。
だから、ChatGPTがオワコンと言われるとき、
それはAIが衰えたからではなく、人の理解が浅いだけだ。
強い言葉で注目を奪いたいのか?
カテゴリの理解を誤っているか?
どちらにせよ、技術の本質とは無関係な騒音だ。
ChatGPTはこれからも進化するし、競争相手も増えていく。
しかし、ユーザー1人ひとりの思考と深く接続するパーソナライズの領域では、依然として先頭を走り続けている。
本当の変化はここからだ。
AIそのものではなく、AIを扱う人間側の文脈が価値になる時代に入っていく。
この視点があるかどうかで、きっと未来の見え方はまったく変わる。
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