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米の価格を5キロ2000円に戻すべきなのか? 備蓄米の放出政策とその限界について考える

  • 執筆者の写真: yuki kato
    yuki kato
  • 5月26日
  • 読了時間: 3分

5キロ2000円の米を維持する政策は、短期的な物価対策にはなっても、農業の持続性を崩壊させるリスクがある。今後は、5キロ4000円でも納得して買ってもらえる仕組み作りこそが、現実的かつ持続可能な道である。



■なぜ備蓄米で米の価格を下げようとしているのか?


物価高対策の一環として、政府は備蓄米を市場に放出し、価格を抑えようとしている。

目標は5キロ2000円前後という、かつての価格水準。




■備蓄米とは何か?なぜ限界があるのか?


備蓄米は、災害時や不作などの非常時のために政府が保有するコメのストック。

例年70〜100万トンほどを管理しているが、これは無尽蔵ではない。


過剰に放出すれば、

・翌年の再備蓄のコスト上昇

・市場価格の混乱

・災害時の備えが枯渇する

といったリスクがある。



■なぜ2000円で売るのは農家にとって厳しいのか?


農業資材や燃料の高騰、人手不足などでコストは年々増加。

現在、米農家の平均コストは5キロ1800〜2500円程度。

2000円では利益が出ない農家が大半。


これはつまり、

・若者が農業を継がない

・規模拡大が進まない

・農地が放棄される

という構造的衰退に直結する。



■では、なぜ昔は2000円以下でも売れていたのか?


当時の安価な米価は、以下のような“帳尻合わせ”で成り立っていた。


年金+副業として農業をしていた高齢農家が多く、採算度外視で出荷できた


家族労働が基本で、人件費は「タダ」扱い


地域内で機械や設備を共有してコスト削減


国の補助金や減反政策で価格維持をしていた



つまり、安かったのは構造の恩恵であって、

米そのものが安く作れたわけではなかった。


そして、その構造はすでに崩れている。



■なぜ今の感覚で昔の価格を求めるのが無理なのか?


かつてはマクドナルドのハンバーガーが59円、吉野家の牛丼が250円だった。

でも今、その価格に戻すことが現実的でないのと同じで、

米の価格だけを昭和・平成の感覚で語るのは無理がある。


時代が変われば、物価も人件費も、社会の構造も変わる。

それを無視して、ただ「安くしてほしい」と願うのは、

結果的に農業というインフラを自ら壊すことになる。




■では、これから目指すべき価格帯と社会構造は?


目指すべきは、

5キロ4000円でも「価値がある」と思って買ってもらえる仕組みを作ること。


そのためには以下の要素が必要:


生産者が誇りと利益を持てる価格設計


中間流通の最適化(JA依存の見直しなど)


ブランド化や物語性による付加価値向上


消費者教育と食育による意識の転換





【まとめ】2000円の米は優しいが、4000円の米は強い


5キロ2000円の米は、ありがたい価格に見えるが、

その裏では農家の疲弊、備蓄制度の形骸化、国産農業の衰退が進んでいる。


未来のために必要なのは、

一時的な“安さ”ではなく、長期的な“安心”と“尊さ”。


2000円に戻す努力ではなく、

4000円でも選ばれる米と社会を一緒に作っていくことが、

持続可能な「日本の食」の道である。

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