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鬼滅の刃の半天狗

  • 執筆者の写真: yuki kato
    yuki kato
  • 1月6日
  • 読了時間: 3分

鬼滅の刃の半天狗。


圧倒的な力で押し切る鬼とは違い、彼は終始弱者の顔を崩さない。怯え、泣き、許しを乞い、責められていると訴え続ける。

その姿がなぜか不快で、後味が悪い。この感覚には、きちんとした理由があります。


半天狗が象徴しているのは、弱さそのものではありません。弱さを盾にして、選択と責任から降り続ける心理構造です。

彼は自分で何かを決断したという意識を持たない。危険な状況を生み出しているのは自分なのに、世界が悪い、周囲がひどい、迫害されていると語る。

本人の中では嘘ではなく、心からそう感じているからこそ、より厄介です。


ここで少し視点を変えてみます。半天狗の行動を現代的に言い換えると、感情版のポンジスキームと言える構造が見えてきます。

ポンジスキームは、新規の資金流入で既存の配当を維持する仕組みです。


半天狗の場合、資金の代わりに使われているのが共感や同情です。


不幸や被害の物語を提示し、それに反応した感情が流れ込むことで、自己価値が一時的に保たれる。


時間が経ち、その効力が薄れると、より強い恐怖や哀しみを生み出して更新する。循環が止まった瞬間に崩壊する点まで、驚くほど似ています。



現実世界でもこの構造は珍しくありません。


そうなることが分かっている選択をあえて取り、結果が出ると私はこんなに大変という立ち位置に戻る。助言や代替案を出されると、でも仕方なかった、私には無理だったと話を閉じる。


環境や人間関係が変わっても、語られる物語はほぼ同じ。仕事、恋愛、家庭、コミュニティ、そしてSNS。


舞台だけが変わり、構図は繰り返されます。


重要なのは、本人が楽をしているわけではないという点です。

本当に苦しいし、本人なりに必死です。ただ、選択の主体から降りているため、問題が解決すると居場所が消える感覚を持ちやすい。

だから無意識に、問題が残り続ける方向へと行動してしまう。半天狗が最後まで逃げ回るのは、倒される恐怖以上に、被害者でいられなくなる恐怖が大きいからだと読むこともできます。



では、なぜ半天狗はここまで嫌われるのでしょうか?


弱さを理由にし、周囲の善意や感情を吸い上げ続ける構造が人間の中にある見たくない現実を突きつけてくるからです。

誰しも一度は共感した結果消耗し、何も変わらなかった経験がある。その記憶が刺激されるから、不快感として立ち上がる。



関わる側にとって大切なのは、距離感です。大変だったね、と感情に寄り添うことと、だからあなたは悪くない、世界が悪い、と物語を引き受けることは別です。

共感はしても、感情の循環装置にはならない。この線を引くことは冷たさではなく、健全さです。循環を延命させないことが、結果的に誰かの人生を止めない選択になる場合もあります。



そして、この話は他人事で終わりません。半天狗はあなたのそばにいるだけでなく、状況次第では自分の中にも現れます。


失敗や選択の重さから逃げたくなった時、被害者の立ち位置は甘く、安全に見える。その瞬間に気づけるかどうかが分岐点です。



鬼滅の刃がこれほど多くの人に刺さる理由は、人間の心理構造を残酷なまでにキャラクター化している点にあります。


半天狗に強い嫌悪を覚えたなら、それは感性が鈍っていない証拠です。感情を詐欺されず、選択する主体として生きるための、ひとつのセンサーがちゃんと働いている。そのこと自体は、かなり健全だと思います。 



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AI未来鑑定士 / リクルートストーリーテラー

合同会社Lepnet 代表社員 加藤勇気

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